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51年ぶりの懐古…HOTOKU

Posted by : sute.

もっと早く書きたかった。でも、もったいなくて暫くは心に留めておきかったのが事実かもしれない。2012年9月22日土曜日の昼過ぎ、尼崎記念公園野球場での話。またもやステの高校野球の話題か!と、思われる方、しばしの間、お付き合いの程お願い申し上げます。
なぜなら、51年ぶり即ち半世紀ぶりの出会い、いや初対面が実現したからだ。
時は、1961年夏の甲子園、小学校2年の自分は毎日熱戦をテレビで観ていた。倉敷工vs報徳学園。
試合は9回まで0―0の投手戦で延長に。11回表に倉敷工が一挙6点、これにて報徳はくやし涙か? と、思いきや、なんとウラの報徳も一挙6点入れて再延長。
手に汗握る自分は、延長12回ウラに報徳が1点を入れ、サヨナラ試合をこの目で確認した。これが伝説的な「報徳・奇跡の大逆転劇」といわれる試合である。
それ以来、夢中になり続けてきた春・夏の高校野球。特に、報徳への思い入れは強かった。
そして、ようやく実現した尼崎での秋季大会、対明石商戦。試合前に私の前に座られる方に学生も、大人(OBと思われる)たちも一礼をして行く。

関学に勝った報徳の選手達(夏の兵庫大会2013.7.14 尼崎市記念公園野球場にて)

関学に勝った報徳の選手達(夏の兵庫大会2013.7.14 尼崎市記念公園野球場にて)

そして落ち着くや、「自分は逆転報徳のファンでして、大阪から来ました。確か小さい頃、延長戦で6点入れられても6点を入れかえして、逆転勝利したことが今日まで脳裏から離れずに、いまここに来ることが出来ました」と。
すると、間髪入れずに「その時のキャッチャーが私です。となりはピッチャーです」と。
「えっ! あの時の……」絶句せずにはいらなかった。「でも50年も前のことをよく覚えてはりましたなぁ。オイ! 現役生にこの方に感謝しなさい」と言われた。そして回りを見渡すと、OBの方たちで超満員。報徳から慶応大学へと招かれた福島元監督もおられた。
そのOBの方たちの中に自分がいる。なんと素晴らしい、この日が来ることがまるで描かれたように試合を観続けた。
50年の余韻は今でも続いている……。

■コメント

bangja :

あまり熱心には観ないけど、王貞治選手の早稲田実業と岐阜商?の試合、徳島商坂東投手と富山?の村椿投手の延長戦など記憶にのこっています。

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